無為に時間を過ごす喪失感。

 何もやる気が起きない。困る。
 娯楽ですらする気が起きない。横になってだらだらしていたい。
 でも横になってだらだらしているのは時間の無駄過ぎて許せないので、とりあえず起きて椅子に座っている。だからと言って何かする訳ではないので結局時間の無駄。
 時間の無駄という概念に縛られすぎて、時間を有効に使おうと思い過ぎて、上手く時間を使えてない。やる気すら失ってしまう。
 やる気が出ないときは無理やり始めてみるのがいいらしい。ごもっともだ。今もやる気が出なくて廃人化しそうだったので、ブログを書き始めたら意外と書けている。文章を書くのは大好きだから、深く考えずに思いついた言葉を羅列していくのがとても楽しい。ただそこに論理や説得力を持たせようとすると急速に自由を失って窮屈になる。
 最近はその傾向が顕著で、前みたいに自分の考えをまとめて文章にするということが苦手になった。まとまった意見を出せないし、筋の通った長文が書けない。
 原因はひとえに書いていないから、ということに尽きる。毎日書こうと思っていたブログは放り出し、小説も最近は全く手を付けていない。
 このやる気の無さや怠け癖が、己の怠惰のせいなのか、はたまた精神的な病なのかと考えるようになってしまった。正直これが病気だったら何らかの解決法があって救われる気がしなくもない。
 しかし実際は病気では無いのだろうし、自分自身も病気であって欲しいとは思わない。単純に自分の弱さの問題だ。こうやって長文を書こうとすれば書けるということを体現している訳で、それを普段実行しないのは単なる逃避だと言っていい。
 文章を書くのが好きなのに、書こうとしないのは、自分の考えを文章化する時の苦難に耐えられないからなのだろうか。自分自身の事なのに断言できない。自分の思いを上手く文章化できないのがもどかしくて、語彙の少なさとか作文力の低さばかりが気になってしまうのかもしれない。小説に限って言えば、上手く書かなくてはいけない、面白く書かなくてはいけないという強迫観念があるのだと思う。そんなことよりもまず書き上げる事が大切だというのは理解しているのだけれど、どうしてもその考えが頭から離れない。変なプライドがあるのだ。自分は面白い小説を書けるんだという根拠のない虚栄心が。捨ててしまいたい。それが無ければもっと素直に小説が書けるのに。
 色々考えていたら気分が沈んできた。同時にやる気みたいなものが湧いてきた。相反するもののように思えるけれど、少なくとも私の中では両立する感情らしい。
 小説を書こうと思った。
 書かなければならないと思った。
 おわり。